十数年前のある夏の夜のことです。電話が鳴って、受話器を取ると何やら聞き憤れた声で「月が美しいから外に出て見なさい」。こんな風流なことを話されるのはだれだろう、と考えてすぐにわかりました。

 天童市の和菓子店、甘崎屋(かんざきや)さんのご主人、大賀広吉さんです。満78歳になられた今でも、その時々の季節の色合いや形、風味を生かした菓子づくりに見せる意欲、繊細な気遣いはいささかも年齢を感じさせません。

 私にとりましては人生の師であり、30年余にわたる交際を通じて、菓子づくりの基本「味覚 食覚 品格」の心を教えていただいた方でもあります。

 その広吉さんから勧められたのですから、どんな月かと店先に出て夜空を見上げると、千歳山を従え、月光を四方に放つまん丸のお月様ではありませんか。「いつか、私の『月』を描きたい」。そんな思いにとらわれました。

 それから間もなくです、あの月を見たのは。夜八時か九時ごろです。門伝(山形市)に菓子を配達した帰り道、市街地へ向かう緩い下り坂にかかったところで、雲の聞から月が顔を出しました。山形盆地一帯がゆっくりと明と暗の世界に分かれていきます。穏やかな夏の風に乗ってまとわりつく雲が、盆地にさまざまな影絵を浮かび上がらせては消えていきます。無限に深く果てしない空間。その下にダイヤモンドのような輝く町並み…。その静寂の時間を楽しみながら絵筆にのせたのが「月」です。この夏の月は、私にどんな喜びを与えてくれるでしょうか。


(水彩画と文 渋谷勝男=和菓子店主)

 
     

 

   

 

   
       
 
朝日新聞山形県版に、夢彩彩を連載しておりました。

夢彩彩、web山形ホームページにてぜひお楽しみ下さい。
渋谷勝男の経歴
   
昭和12年 朝日町宮宿に生まれる
  飛塚安吉先生の指導で17才で県展初入選
  21、22才で個展開く
  県水彩画展 −− 市長賞 山新賞
35年 示現会入選
37年 県展奨励賞
38年 日本水彩連盟入選、以後5回
39年 県展賞
42、44年 県展山新賞
45年 県展賞
56年 示現会湊賞、日本水彩画展奨励賞
   
現 職  県展無鑑査、白風会会員、県美連会員、
     県水彩画会員  示現会準会員