1958年(昭和33年)、わたしは長井市の菓子店、安城本店で和菓子職人としての勉強を終え、23歳で独立しました。朝日町に住んでいた両親と弟と祖母の4人が引っ越した山形市鉄砲町の借地に、念願の小さな工場(こうば)を建て菓子作りを始めたのです。

 平屋の工場は幅、奥行きが1聞から2間半ほどでしょうか。1人が歩くのに精いっぱい。猫の額のような敷地で、真ん中に立つ直径十数a、高さ10bほどのクルミの大木を抱え込むように工場は建っていました。本当に小さな菓子工場なので、−緒に店を構えることなどかないません。自転車の荷台に作りたての菓子を載せ、市内を回っては菓子を置かせてくださるお店やお得意さま探しの毎日。菓子作りでの生活に目鼻が付くようになったのは、それから3年ほどが過ぎてからでした。そのとき、画(か)いたのが作品「風」です。

 今までの絵と異なり新しい発想で描いた抽象画です。「風」はいつもわたしの菓子作りとともにありました。あのクルミの木です。あんを練り、生地を固め、四季折々のほのかな色合いを添える。傍らには、風で揺れる幹や枝の声。雨が降れば雫(しずく)のつぶやきが混じる。吹きすさんだと思えば、果てしない無音の世界が広がることも。動と静、心の張りと穏やかさ・・・千変万化。それを画面に表しました。絵筆だけでは描けず、布巾(ふきん)やボールペンも使って。

 県展で奨励賞という大賞をこの作品でいただけたのも、きっと菓子職人としての力が試される不安と希望の日々が、「風紋」となって画面いっぱいに刻まれたからに逢いありません。


(水彩画と文 渋谷勝男=和菓子店主)

 
     

 

   

 

   
       
 
朝日新聞山形県版に、夢彩彩を連載しておりました。

夢彩彩、web山形ホームページにてぜひお楽しみ下さい。
渋谷勝男の経歴
   
昭和12年 朝日町宮宿に生まれる
  飛塚安吉先生の指導で17才で県展初入選
  21、22才で個展開く
  県水彩画展 −− 市長賞 山新賞
35年 示現会入選
37年 県展奨励賞
38年 日本水彩連盟入選、以後5回
39年 県展賞
42、44年 県展山新賞
45年 県展賞
56年 示現会湊賞、日本水彩画展奨励賞
   
現 職  県展無鑑査、白風会会員、県美連会員、
     県水彩画会員  示現会準会員