新郷村 キリストの墓


新郷村 大石神のピラミッド


 

 

◆キリストの墓と大石神ピラミッド(青森)◆

 そんなもの、日本にあるわけがないだろう。そう片付けてしまうのは簡単ですが、実際に見てみないと、となるのが新聞記者の習性でしょうか。ということで、行ってみることにしました。

 八戸で車を借りて、新郷村を目指します。どちらもその村にあり、ミステリアスな観光資源になっているのです。村に入ると、道路標識にも「キリストの墓」「ピラミッド」の方向が書かれています。

 まず「キリストの墓」なるものを。入り口の駐車場に止め、小高い丘を上ります。ちなみに「ゴルゴダの丘」とは書いていませんでした。柵に囲まれた2つの土盛に、十字架が立てられています。入り口から入って右がキリストの墓とされる「十来塚」で、左が弟イスキリの墓とされる「十代墓」と柱には書かれています。これだけではよくわかりませんので、近くの伝承館というところに入りましょう。

 その展示説明を抜粋します。ここがキリストの墓とされるようになったのは、皇祖皇大神宮の竹内家に伝わる歴史書「竹内古文書」が発端。文書自体の詳細はここでは省きますが、奇書ともいわれる文書によると、キリストは21歳のときに日本に来て12年間、富山に住み、言葉などを勉強した後、33歳でユダヤに帰り、教えを説いた。ゴルゴダの丘で磔になったのは実は弟のイスキリで、キリストは再び日本に渡り、戸来(へらい)村、今の新郷村戸来に住み、結婚して3人の子供をもうけ、106歳で亡くなったというのが、古文書の内容。昭和10年に竹内調査隊がこの村を訪れて、墓を発見した。キリストの子供の嫁ぎ先でダビデの星に酷似した家紋の沢口家が墓を守ってきたといい、村を含めて周
辺に伝わる盆踊り歌の「ナニャドヤラー、ナニャドナサレノ…」という意味不明の歌詞はヘブライ語で神をたたえる意味がある、村名も「ヘブライ」からきている…などいくつかの「状況証拠」も残っている。ウーン、苦しいとは思いますが、完全否定というわけにもいかないということでしょう。

 そこから車で10分ほどのところにあるのが「大石神ピラミッド」。鳥居が目印です。ここから入ると、こけむした巨石がいくつか現れます。1つ1つに「鏡石」「方位石」「太陽石」「星座石」など、名前がついています。ただ巨石が点々とあるだけにも見えますが…。さて説明板からです。こちらも竹内古文書に、エジプトよりも古い「数万年前のピラミッドが日本に7基ある」と記され、昭和10年に竹内調査隊が発見。ピラミッドの権威酒井勝軍は、エジプトやメキシコのものとは違って地面から造ったのではなく、三角形の山などに太陽石を置き、周囲に列石を配置した古いピラミッドだという説を唱えた。
 
 方位石の割れ目が東西を、山頂の巨石が北極星を向き南北を指すなど、ピラミッドの条件に当てはまるという。ウーン。エジプトのピラミッドのようなものを想像していくとだいぶ違うので、念のため。ただ、ストーンサークルのような祭祀跡の可能性はあるかなあ。

 信じる信じないは別にして、見たい人は足を運んでみてください。何か、感じるものがあるかもしれません。ミステリー、ロマンというのは、便利な言葉であるとともに、好奇心を刺激してくれる言葉ではあります。
   

 

     

 

 
       
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